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12星座の物語
最終話「それぞれの選択」

――孝司の部屋
ゆきへの手紙

――――――――――――――
ゆきさんへ

その後お元気ですか。あのあと直樹とも話をしました。結局は別れることになってしまったこと、あなたの気持ちを考えると、胸が痛みます。少しは気持ちが落ち着きましたか。2年も付き合っていた相手をすぐ忘れるなんて、とてもできないこともよくわかっているつもりです。
時間がたって、このことが風化できる日がくることを祈ります。直樹との長い旅を終え、新しい出発がいつかできることでしょう。

こんなときに何の慰めにもならないかもしれないし、迷惑この上ないかもしれませんが、僕はずっとあなたを想い続けています。あなた以上の女性は居ないと思っているのです。この気持ちは決して変わるものではありません。いつの日か傷が癒え心に余裕ができたら、ゆっくりお話ししたいと思います。
今は自信をなくしてしまう気持ちもわかるけど、あなたは最高の女性なのです。少なくもそれだけは忘れないで下さい。そして僕はあなたの準備が出来るまで、たとえ何年でも待っています。いつか笑顔で会える日を楽しみにしています。
それまでは、僕も毎日コツコツと日々の生活を積み上げて行きたいと思います。

松 原 孝 司
――――――――――――――
孝司、長年の想いをやっと伝える。ポストに向かい、投函しようとするが、どうしてもできず一旦、家に持ち帰る。何日か時が流れ、意を決して祈るように投函する

――翌日 直樹の部屋
直樹、節子に電話する

<直樹> もしもし、あっ直樹だけど、いまどこ?
<節子> 家だよ。珍しく時差ぼけしちゃって、デレデレしていたの。
<直樹> もしかしたら寝ていたの? 起こしちゃったならごめんね。
<節子> ううん。全然大丈夫。
<直樹> あの後どうだった? 無事解決したの?
<節子> 結局入院になっちゃったの。私は帰国しなくちゃならないから、現地の人に任せてきたの。
<直樹> あぁそうなんだ。僕のほうも色々あって、早く話したいんだよね。
<節子> 私も会いたいと思っていたの。明日にしようか。都合どう?
<直樹> 勿論、大丈夫だよ。何時にする?
<節子> 7時でどう?
<直樹> わかった。場所は?
<節子> そうだなぁ。ゆっくり話せるところがいいよね。
<直樹> じゃ原宿にしよう。知っている店があるから、とりあえず竹下口でいいかな。
<節子> うん。じゃ明日ね。
<直樹> 楽しみにしているよ。
節子の心情がつかみきれず、不安を覚える直樹

翌日 原宿竹下口
直樹、節子を見つけ

<直樹> ごめん。待った?
<節子> ううん。私も今来たところ。
<直樹> じゃ行こう。ボラッチョって言うメキシコ料理店なんだ。オーナーが知り合いで個室にしてくれたから。
<節子> わぁ メキシコ料理大好き。ボラッチョって酔っ払いって意味でしょ。私達にぴったりだね。
<直樹> ホントだ。そこまでは考えなかったな。
微笑む節子、久しぶりに以前の笑顔を見て、安心する直樹

――ボラッチョ店内

<店員>いらっしゃいませ!!
<直樹> 7時に予約している石和ですが。
<店員>あっ、お待ちしていました。こちらにどうぞ。
<直樹> どうもありがとう。
<節子> 落ち着く部屋だね。インテリアも素敵。メキシコにいるみたい。
<直樹> 結構凝っているんだよ。
オーナーが現れる

<オーナー>今日はどうも。どうぞゆっくりしていてください。
直樹に向かって

<オーナー>こんな素敵な彼女を隠し持っていたとはね。
<直樹> からかうのは止めてくれよ。相変わらずだな。
<節子> いいお店ですね。楽しませていただきます。
オーナー節子に向かって、微笑みながら軽くお辞儀をして立ち去る

<直樹> 美人は特だね。どこに行っても注目されるよね。
<節子> あら、直樹だって、超ハンサムじゃない。
<直樹> そうかなぁ。一度も思ったことないけど、節子に言ってもらうと嬉しいなぁ。
<節子> 私は本当のことしか言わないから、保証する。
以前のように会話が弾む二人

<直樹> さて、まずは飲み物。最初はビールで、後からテキーラーにする? ビールはコロナでいい?
<節子> いいね。料理も頼んじゃおう。そのほうが落ち着くよね。ここのお勧めって何?
<直樹> アボガドのブリートとチキンファフィータスは絶対食べてみた方がいいよ。勿論タコスも美味しいけどね。
<節子> OKじゃそうしましょう。
ウエイターに注文する二人。飲み物が運ばれてくるのを待って

<直樹> 乾杯。
<節子> 乾杯。
ゆきの話をしようと思いながら、楽しい時を壊すのではないかと迷う直樹。節子、時々何かを考えているように、テーブルを見つめる。ついに節子が口火を切る

<節子> ロスでは色々あったね。本当にショックだったけど、お蔭で二人のことについて考えることができたわ。
<直樹> 僕も同じだ。彼女についても今日はちゃんと説明したい。
<節子> そうね。でも、もうそれは必要ないかもね。私の中では整理がついたの。
<直樹> 整理? でも僕の話も聞いて欲しいいんだ。実は帰国後、彼女には全てを話して別れた。完全にね。それを早く伝えたかったんだよね。
<節子> そうなの。私は最初から私だけにして欲しいとか、彼女がいたらイヤだとか言っていなかったよね。だからそもそも彼女の存在を知って、怒ること事態おかしいわけよ。それに直樹は一度も「彼女はいない」とは言ってないの。「私より大切な人はいない」って言ってくれただけ。覚えているでしょ。
<直樹> 勿論だよ。あの段階では、僕の気持ちの整理が完全にはできていなかったんだよね。節子を好きだということは確信していたけど。それだけに失うのも怖くて。
<節子> 実は誰かいるんだろうなぁとは感じていたの。私って鈍そうに見えても動物的嗅覚に優れているの。いわゆる第6感ってやつ。
作り笑いする節子

<直樹> 僕も節子は気付いていると思った。でも言葉に出して言うことは出来なかったんだよね。
<節子> それはわかっている。でも嘘をつかれたことも事実。私はどんなに辛くても本当のことを聞きたかったの。その事実と向き合って乗り越える方が、嘘をつかれているよりずっといいの。わかるでしょ。
<直樹> わかる。本当に悪いことをしたと思っている。僕は今までもずいぶんひどいことをしてきたと思う。意識的にしたわけではなく、よく言えば感情に素直に生きてきた。でもその結果たくさんの人を傷つけたと思う。節子に出会って、自分でも不思議なくらいに、欲しいものがしっかりとフォーカスできるようになった。節子以外に欲しい人は一人もいない。この感情は生まれて初めてなんだ。
<節子> ありがとう。直樹に愛されていると、別世界にいるようだよね。直樹に愛された女性はきっとみんなそう思うと思う。まるで魔法をかけられたように、直樹の世界に溶け込んでいくんだよね。そして他の世界には二度と再び出られなくなる。直樹の魔術にかかってしまうんだよね。
<直樹> それは節子だよ。僕こそ、節子の魔法で、もうどこにもいけなくなっているじゃないか。君は本当に特別な魅力の持ち主だと思う。それはきっと真実の心を周囲に発散しているからじゃないかなぁ。
<節子> 直樹、色々とありがとう。私のこともそんな風に言ってくれて。何度も言っていることだけど、私は出会ったときから直樹が大好きだった。直樹の顔もスタイルもジョークも全てが好きだったの。そして今も勿論その気持ちは少しも変わらない。
<直樹> じゃ、もう一度二人で新しいスタートがきれるよね。
<節子> あのねー、でも直樹といるときに大切なことがわかったの。それは直樹は一人の人を愛することはできないってこと。
<直樹> 何で、そんなことを言うの。何でそんなこと思ったの。彼女がいたから?
<節子> うぅん。だから言ったでしょ。私はその辺の勘が鋭いの。
<直樹> 今まではそうだったかも知れない。でも本当に違うんだ。節子に対してはまったく違うんだよ。
<節子> その気持ちはとっても嬉しいし、ずっと忘れないと思う。でも直樹が私を100%求めているときに別れたいの。私は彼女の二の舞にはなりたくないの。私は彼女のようにおとなしく引ける女じゃないのよ。きっと爆発して、全てを壊すことになると思う。そんな自分を直樹に見せたくもないし、私もなりたくない。
<直樹> 何でそんな起きてもないことを心配するの。節子らしくないじゃないか。
<節子> 直樹は私の情熱を知らないから、そんなことが言えるの。私が心から人を想ったらどうなるかは、私が一番よくわかっている。もし直樹が同じタイプなら、上手くいったかもしれない。でもそうだったら、逆に惹かれあわなかったかもしれない。
テーブル越しに潤んだ瞳で直樹を見つめる節子。直樹の手をそっと握り締めて

<節子> 私にも最後ぐらいカッコよく決めさせてよ。
<直樹> ごめん。そんな余裕がない。よく今まで偉そうなことを言っていたと思う。所詮僕は人の深い痛みや、想いがわかっていなかったんだと思う。
<節子> そんなこと絶対ないよ。繊細な問題をするっと飛び越えていく直樹だからこそ、素敵なんじゃない。まるで突風のようにね。みんなに刺戟を与えては、さらっとどこかに飛んでいく、カッコいいよね。一方私はね、山火事を起こすような女なの。自分の欲しいもののためには、周りの全てを焼き尽くしちゃうんだよね。そして一番大切な人まで焼き殺してしまうかもしれない。
<直樹> お願いだから、もう一度良く聞いて。節子への想いは変わらないんだよ。そしてこんな気持ちになったのは初めてなんだ。どんなに焼き尽くされても構わないんだよ。
<節子> そこまで直樹に言ってもらった女は、きっとそんなにいないよね。
節子いつもの微笑みに戻り、直樹を見つめる

<節子> じゃ直樹、約束しよう。もしこれから1年たっても同じ気持ちだったら、又付き合おうよ。ね、いいでしょ。
<直樹> 何で1年なんていうの。1年待つ意味なんてないじゃない。
<節子> うぅん。そんなことないと思うよ。瞬発力命の私達が、もし1年後お互いに同じ気持ちだったら、又このボラッチョで同じ日の7時に待ち合わせよう。気持ちが変わったら来なければいいでしょ。
<直樹> ごめん。僕にはできない。
<節子> 何言ってるの。天下の直樹の名がすたるじゃない。来年もしもここに二人が来たら、そのときこそ祝杯を挙げてスタートしようよ。
<直樹> 本気で言っているの? こんなに想っているのにどうしてわかってくれないだ。絶対変わらないといっているのに。
<節子> 直樹、私達には冷却期間が必要なのよ。それは直樹が一番よくわかっているはず。直樹と過ごした1つずつの思い出が今の私の宝。未練が出る前に先に行くからね。それに一緒に歩くと辛くなるから。
<直樹> それが節子の結論なんだね。これ以上何を言っても気持ちは変わらないの? 僕には何もできないわけだ。どうしたらいいんだ…。わかった、わかったよ。必ず来年の今日、ボラッチョに来るから。そして僕の気持ちを証明する。
<節子> ありがとう。本当に楽しかった。
走り去るように店の外に出る節子。店を離れた途端、声をあげて大泣きする。涙が止まらない。これで良かったんだと何度も自分に言い聞かせる節子

<節子> (独り言)バカみたい私って。カッコつけちゃって。直樹、直樹、大好きなのに。でも失う勇気がなかったの。私らしくもないよね。本当にバカ
直樹、脱力して席から立てない。折角ゆきと別れ一人になったのに、自分は何をしていたのかと、情けなくなる。むなしさと倦怠感が直樹を襲う

店を出た直樹。とてもこのまま家に帰る気にはなれず、表参道をふらふらしてカフェバーに入る

――カウンターと数席だけのカフェバー Uranus
カウンターの隅に座る直樹

<バーテンダー>何になさいますか。
<直樹> ジンビームのダブルをストレートで。
<バーテンダー>かしこまりました。
ジャズの流れる店内

<直樹> それにしても洒落た名前ですね。Uranusなんて。
<バーテンダー>ありがとうございます。天王星のことなんです。
<直樹> そうですよね。思わず名前に惹かれちゃって。
バーテンダー、直樹の話にうなずきながら飲み物を差し出す。直樹ぐっと飲みほし、又同じ物を注文する

<直樹> (心の中で) なんなんだよ。初めてこんなに愛したら、今度はこのざまだ。オレは一体何をやっているんだ。節子、何でそんな先のことまで心配するんだよ。節子らしくもない。1年、 1年か。
酔いが回って、ボーっとした頭であれこれ考える直樹

<直樹> (心の中で) どうしたら節子にわかってもらえるんだろう。今までのオレの発言なんて糞くらえだ。プライドを持てだって、笑わせるんじゃないよ。どうしようもない男だな、オレは。とにかく今は考えてもしょうがない。1年だ、1年。1年なんてすぐじゃないか。明日は明日の風が吹くか…もう一度冷静に考えるだけだ。
直樹、グラスを持ち上げ、バーテンダーに

<直樹> もう一杯同じのを。
<バーテンダー>はい。かしこまりました。
直樹、グラスを口に運ぶ。直樹の背中に誰かがぶつかる。直樹、弾みで飲み物をこぼす

<女性客>すみません。酔って、ちょっとフラついちゃって。本当にごめんなさい。
直樹、振り返ると、色白でスレンダーな女性が立っている

<直樹> (心の中で) すごい美人だなぁ。
<女性客>飲み物もこぼしちゃって。お詫びに一杯ご馳走させてください。
<直樹> ありがとう。でもちょうど帰ろうと思っていたところなので。
女性客、慌てて紙切れに自分の携帯番号と名前を書き、直樹に差し出す

<女性客>じゃ、もし良かったら今度連絡下さい。そのときに…。
<直樹> そんな気にしないで。
直樹、席を立ち、軽く挨拶して、店を後にする

――店の前
直樹、外のひんやりとした空気を胸いっぱいに吸い込む。ポケットの中でちぎったメモを手のひらに載せて、夜空に向かって吹き飛ばした


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