12星座の物語 第八話「ロスへの出発前 ゆきと」

翌朝 会社の廊下 ゆきとすれ違う

<ゆき> そこまで私が迷惑なの。電源まで切ってしまうほどイヤなの!
<直樹> 昨日は人と話す気分じゃなかったんだ、すごく疲れていて。
<ゆき> そうなの。私はただの人なのね。
<直樹> そうからむなよ。頼むからさ。
<ゆき> からんでなんていないわよ。ただ悲しいだけ。
<直樹> 自分を悲劇の主人公みたいに言うのはやめろよ。人間みんな違う悩みを抱えているんだから。ゆき一人だけが苦しんでいるんじゃないんだから。
<ゆき> そう。じゃあなたの悩みは何? 他の女の人のこと? 少なくとも私のことでは ないわね。
数人の人が振り返る

<直樹> そうヒステリックにならないでくれよ。
ゆき、ふてくされた顔をしている。直樹そのまま自分の席に着く。それにつられてゆきも席に戻る。数分後、直樹に電話

<直樹> もしもし
<ゆき> 仕事中ごめんなさい。でも、今じゃないと、もしかしたら又連絡取れないかと思って。とにかく今週中に会える日を作って。今、約束して。
<直樹> そんな急に言われたって。考えとくよ。
<ゆき> それは困るの。今決めて。
<直樹> (小声で)じゃ明日7時。いつもの所で。
<ゆき> ありがとう。
ますますプレッシャーを感じ、気が重くなる直樹。上司に呼ばれる。

<上司>日程、参加者全て変更なし。じゃ頼むな。
<直樹> はい、わかりました。
直樹自分の日程表を節子にメールする。仕事を終え、早めに旅行の準備をしようと家路に急ぐ直樹。後ろからゆきの声

<ゆき> もう帰るの? ずいぶん早いのね。
<直樹> 出発も近いし、たまにはゆっくりしようと思って。
<ゆき> そんな時間あるなら今日会ってくれたってよかったじゃない。
<直樹> なんで? 一人でゆっくりする時間があったら、会わなくちゃいけないというもんでもないだろ?
<ゆき> 会わなきゃなんて。会って欲しいと思っただけなのに。
<直樹> 明日会う事にしたんだし、そうやっていちいち干渉するのはお願いだからやめてくれない。
<ゆき> 本当に、ずいぶん冷たくなったのね。もう必要以上に顔も見たくないような言いかたじゃない。ひどいわ。
<直樹> そんなこと誰も言っていないじゃないか。頼むから少し一人にしてくれよ。
<ゆき> 私だってあなたが一人になりたい事ぐらいよくわかるわよ。でもできないの。不安で不安でできないのよ。
<直樹> 何がそんなに不安なの? いいやじゃとにかく明日はやめて今日話そう。
<ゆき> ごめんね。わがまま言って。でもあさってはロスに行っちゃうし。
<直樹> 決まったらどこかへ入ろう。
二人行きつけの店、会社帰りのサラリーマンで混んでいる。二人奥の席に座る

<直樹> 話って何なの? ざっくばらんに言ってよ。
<ゆき> ちょっと待って。そんなに急かされたって。
メニューを見つめるゆき

<ゆき> 落ち着かないから、まず頼んじゃうね。
ゆき、直樹の好きそうな物をオーダーする

<直樹> じゃオレから話すよ。確かにゆきの言うように最近オレの態度も変かもしれない。君に対しても冷たいかもしれない。だけどゆきの態度も行き過ぎだと思うよ。圧力を感じて気分が滅入ってきちゃうんだ。
<ゆき> それはわかるの。直ちゃんは縛られるのが嫌いだし、そんな風に独占できる男の人だとも思っていない。でも…私は自分も縛って欲しいし、あなたのことも縛りたくなってしまうの。私だけを見ていて欲しいの。
<直樹> そんなことは現実的に不可能なんだよ。そんな夢のような話はないと思わない? もっとも女を縛りたいとか、オレだけの女だみたいな考えの男は沢山いるかもしれない。でもそんなのエゴだよ。単なる身勝手さ。相手を大切に思ったらむしろ縛るなんてできない。束縛したから相手の気持ちが変わらないなら、 世の中苦労はないよ。そうだろ?
<ゆき> いつも言うように、あなたの言うことは正しいわよ。でも私はそんなに強くなれないの。少しでもいいから安心感を得たいの。そして愛を感じていたいの。一緒にいたい、ただそれだけなのに。
<直樹> もしゆきの考えがそうなら、オレは絶対にゆきにむいていない。一生寂しい思いをすると思うよ。それにゆきの考えに近い男の方がはるかに多いんだから、この世の中ゆきに有利じゃないか。オレといるから変なことになっちゃうんだよ。ゆきに合った人を見つければ、もっともっと楽しい恋愛ができるよ、きっと。
<ゆき> 本当にそんなこと思っているの? 私が誰か他の人の所へ行っても平気なの?
<直樹> 平気とかの問題じゃない。でももしそうならしょうがないじゃないか。
<ゆき> 私だってできるものなら…。でも無理なの。できないのよ。直ちゃん以外の人じゃ駄目なの。
<直樹> その言葉は嬉しいけれど、それはゆきの視野が狭いだけだよ。ゆきにはオレなんかよりもっと大きな安定した愛で包んでくれる男が必要なんだよ。オレからそれを言うのも変だけどね。
<ゆき> 直ちゃんの言っていることすべてが、私にとっては一つの慰めにもならない ことわかる? どんなに心に突き刺さっていくか。その言葉の一つ一つが、どんなに私を傷つけているかわからないの? だってそんな言い方、まるで他人事のようじゃない。
<直樹> じゃなんて言えばいいんだよ。だってもしゆきの望むようなことをここで言ったら、それはオレ自身を裏切ることになるよ。
<ゆき> それって…。私とは別れたいって言う意味?誰か好きな人ができたんでしょ?  私にはわかるの。絶対何か隠していると思う。
<直樹> そんなことはないよ。ただこんなに価値観が違ってどうやって…。
<ゆき> それ以上は言わないで。私、もうどうしたらいいかわからない。
<直樹> ゆき、ひとつだけ聞きたい事があるんだ。いい?
<ゆき> うん。
<直樹> ゆきはオレの価値をどこで認めてくれているわけ? オレの何が好きでオレじゃないと駄目なんて言うの? それがどうしても知りたい。
<ゆき> そんなこと、言葉ではとても説明できないわ。
<直樹> ゆきは架空の部分、ゆきが作り上げたオレのイメージを好きになっているような気がするんだ。だってゆきが言ってる、縛ってくれて、いつでも一緒にいて、なんていうのが望みならオレを愛する意味もないだろう。
<ゆき> それは違う。私は縛ってくれる人が好きなんじゃなくて.…。直ちゃんだから縛って欲しいのよ。そこのところを勘違いしないで。
沈黙して宙を見つめる直樹、泣き出しそうなゆき

<直樹> でも、以前はそんな感じじゃなかっただろ。
<ゆき> だってそのときは、直ちゃんも、もっと優しかったし、私を思っていてくれると感じていたから。
涙声のゆき、ハンカチをそっとバックから取り出し、涙をぬぐう

<ゆき> もういいの。こんな話。ごめんね。楽しく飲もうね。
<直樹> そんな無理するなよ。オレこそ、こんなにゆきを悲しませてしまって、ごめん。不満を抱えているより、この際もっと話し合うべきだと思う。折角のチャンスだしね。根本的な部分を理解し合えないなら、これから続けていくのも無理でしょ?
直樹、節子のことを伝えるべきか、迷う。今言ったら、ゆきがどんな行動に出るか、考えただけでも、面倒くさかった。ゆきは一生懸命、明るく振舞おうとしている

<ゆき> 本当にもういいの。もうすぐロスに行っちゃうのに。私もこの頃変ね。少し頭冷やすね。
<直樹> ゆき、今、話し合わないと、ロスに言っている間もお互いイヤだろう。それとも、しばらく、冷却期間をおく?  その間にお互いもっとゆっくり考えられるし。
<ゆき> しばらく会わないってこと?
<直樹> うん。
<ゆき> どのくらいの間?
<直樹> 2~3ヶ月。
<ゆき> そんなの何の意味があるの。ロスに言っている間だけだって、十分考えられるじゃない。
<直樹> そうだね。わかったよ。
直樹、これ以上この話を続けると、ゆきが爆発しそうだと思いやめる

<ゆき> それより…今日家に来ない? 最近全然来てないよね。部屋も少し変えたんだよ。直ちゃんが好きそうな、ソファも入れたし。新しいスピーカーも買って、音響もすごく良くなったから、聞いて欲しいの。
<直樹> あぁ、そうか。ありがとう。折角なんだけど、ロスから戻ったらでいいかな。出発前は色々と準備があるから。
ゆき、不満そうに、うなずく

<ゆき> じゃ、戻ったら絶対来てね。美味しい物もたくさん作くるから。
<直樹> うん、ありがとう。
当たり障りのない話をする二人。外へ出る二人。ゆきは直樹の腕にもたれかかって歩き始める。「浮気しないでね」の一言が言えないゆき。駅に着く二人。直樹、ゆきに何も言わせないように急ぎ足で歩く

<直樹> じゃ気をつけて帰れよ。
ゆき、「送って」と言えず、涙をこらえて

<ゆき> うん。直ちゃんもね。出発前なのにごめんね。色々と。じゃね。
<直樹> ゆきも元気でね。
手を振る二人。何度か振り返るゆき。直樹そのまま電車に飛び乗る。ゆきと別れすぐに携帯のメッセージを聞く

<節子> もしもーし、メールもらいました。本当にびっくり。ほとんど同じスケジュールなんだね。感激。えっと、もし電話できたらしてくれる? 無理そうだったら気にしないでね。又こっちから連絡するから。じゃーね。
直樹、思わずニヤニヤにしながら聞いている。そしてすぐメール

<直樹> 今、帰りの電車の中。
着いたら電話するね。
自宅駅の改札を抜けると、あわてて電話をかける直樹

<直樹> ごめんね。遅くなって。
<節子> あれ もう着いたの?
<直樹> うん、今、駅。早く声が聞きたかったから、急いじゃって。ちょっと回りがうるさくてごめん。いよいよあさってだね。仕事なのに、ホントワクワクしちゃうなぁ。
<節子> 私も。もう興奮状態(笑) ところであさってチェックインほとんど一緒だよね。席となりに出来るよねぇ。
<直樹> 問題ないでしょ。そのくらい特権がないとね。
<節子> 2日目の自由行動のときも、ホテル待機にして、二人になれる時間作ろうね。現地スタッフとミーティングと言えば、お客さんにもOKだよね。
<直樹> いいね。さすが計画が早いなぁ。
<節子> 私、嬉しくなると、あれもこれも一緒にしたいと思って、何か焦っちゃうのよね。うるさくてごめんね。
<直樹> 全然、君の話を聞いているだけで、こっちまで嬉しくなっちゃうよ。
<節子> そう言われると、ますます張り切っちゃいそうだけど。帰り道なのにあまり長話しても悪いから、そろそろ切るね。私達の集合場所Fカウンターだけど、そちらもたぶんその辺でしょ。
<直樹> うん。F カウンターの脇のところ。
<節子> OK. じゃ楽しみにしているね。
<直樹> じゃね。あっ、それから、この前、本当に楽しかった。ありがとう。
<節子> こちらこそ。最高でした。またロスでジャンケンしようね(笑)
<直樹> また負けても知らないよ。
<節子> いやだぁ、負けたいからするんじゃない。じゃあさって。
<直樹> うん、じゃね。おやすみ。